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| 田井選手からのメッセージ |
オリンピックレースを終えて・・・。
この一年間は本当に長くそして苦しかったが、得られたものはそれ以上だったと思います。
オリンピックレースの期間中は、1ヶ月に2回3回と試合がある事が普通で、モチベーションを
持続する事と、オリンピックレースがなければ、一生行く事の無かったであろう国での生活に
一番苦労しました。
一番印象に残っている遠征はトリニダードトバコの遠征。Aグレードの大会だったのですが、
その国に到着するまでの間で火山が噴火し、乗り継ぎの飛行機が先に出発してしまい、
とても小さい、それこそ皆さんが知らないような国を幾つもまわり、日本出発から4日もかかって
トリニダードトバコに到着。あと9時間後試合開始という状態でした。
結果は優勝だったのですが、これほど印象深い遠征はありませんでした。
世界の強豪達とは、何度も対戦するうちに少しずつ競ったりもできるようになったのですが
やはりトッププレイヤーはここと言う場面では必ずしっかりと点を取ってくるし、ミスをしません。
私達も普段からこの競り合った場面の一本を取るために練習しなければいけないと感じました。
また中国の選手はスピード、速さがずば抜けているように感じます。
何度も対戦したが、序盤以外は競り合った場面が無かったように思います。
中国の選手は早い分ミスもあるのだが、パターンを体で覚えているのだそうで、
そのパターンを外し、ミスを誘うことが出来ればもっと競り合えるのだと感じました。
自分自身何が変わったか。このオリンピックレースの期間中は容赦なく試合数が多く、
体調の悪いときもあれば、バドミントンの調子の悪いときだってあります。
そんな時、こんなに遠いところまできて、今日はダメだ、なんて言ってはいられません。
自分が駄目な時にいかに戦うか、調子が悪いときにこそ、頑張らなければいけないのだと感じました。
また、相手と試合をすると言うことも学びました。自分が良いと思っても、相手には絶好球かもしれない。
自分がいい球だと思っても、相手に効いてなかったりする。
バドミントンは記録を出す競技ではない。相手と戦う競技なのだと強く感じました。
この様なことから、試合への向き合い方、さらにオリンピックレースの終盤で、もう駄目かもしれないと
思いながらも最後の最後まで戦い抜き、諦めないことを学びました。
そして色々な人の支えがあって、このレースに挑戦でき、最後まで戦い抜くことができたのだと
感謝の心を学びました。
この一年間、パートナーの岩田さんは怪我をしていたにも関わらず、
試合になれば常に全力でプレーし、その怪我の為に全身痙攣を幾度となく繰り返してきた。
そのたびに私は、岩田さんの試合に対する姿勢にとても心を打たれた。
岩田さんのパートナーとして肌で感じたものは数え切れず、言葉では言い表せない多くのことを学びました。
結果的にはオリンピックに出場することは出来ませんでしたが、岩田さんとダブルスを組み、
オリンピックレースに最後まで参加できたことをとても光栄に思うと共に、岩田さんとのダブルス生活で
学んだ多くを、これからのバドミントン人生に生かして頑張って行きたいと思います。
今まで私がオリンピックに出場できるよう応援してくださった方々、本当にありがとうございました。
今後は同じ青山学院の大熊とダブルスを組みます。これからはついていくのでは無く、
引っ張っていく立場になりますが、岩田さんの意思を引き継ぎ頑張っていきますので、
引き続き応援よろしくお願いします。
田井 美幸
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